2月10日の松音日記

◯要旨

「子供が可愛いかった」を2645字で表しただけ。

 

 

早起きして勉強のためにミスドに行った。

 

この世には誘惑が多すぎる。

 

文明が産んだ快楽が、法の目を掻い潜り人が狂わないギリギリのラインで刺激してくる。

 

目から、耳から、鼻から、皮膚から、舌から、五感を通じて24時間攻めてくる。

 

勉強とはつまるところ欲望のコントロールだ。あらゆる欲望を絶ち、制御し、往なし、共存することで脳に無限に注ぎ込まれる欲望のインポートの隙間に知識をねじ込む。

 

僕は勉強が出来ない。勉強ができない上に日焼けスポーツ美少女にも巨乳小柄眼鏡美少女にもモテない。ダメだ。

 

だがダメな奴はダメなりにやり方がある。五感を刺激する欲望のうち味覚だけ妥協すればいい。勉強しながら甘味を食すことで他の欲望を抑えるのだ。

 

そう、だからミスドだ。我ながら。賢いやり方だ。

 

で、だ。何が言いたいのかというと、ミスドにいた子供が最近数字を覚えたのか、ありとあらゆるものを数えていた。可愛い。それを逐一母親に報告するのだ。とても可愛い。すごい。冒頭の勉強についての長い文章何も関係ない。これが日記だ。

 

 

昼飯としてマクドナルドへ行った。正直午前中にドーナツを食べて腹が減っていないのだが、今後のスケジュール的に何か食べておかないと後悔すると踏み、何より身体が塩分を求めていたので短時間で食せるマクドナルドへ行った。マクドナルドのハンバーガーとポテトの持つ塩分は非常に多い。具体的な量は知らないが、きっと塩だけまとめたらケーキを作っている時みたくドン引きする量の塩分を摂取していると思う。

 

身体が塩分を求めていた。摂取した大量の糖分を中和するかのように求めていた。それが非常に頭の悪い間違った感覚だとしても求めていた。

 

で、だ。何が言いたいのかというと、店内で食事をするための席を探しにきた子供が踊るのがマイブームなのか、空いている席を見つけた途端同行する父親に向けて“踊りで”席が空いていることを伝えたのだ。可愛い。何故踊ったのかわからないがとても可愛い。すごい。塩分についての長い文章何も関係ない。これも日記だ。

 

 

昼から夕方まで数合わせの4人目として友人とボードゲームカフェで遊び、ブロックスとゾンビタワー3DとSplendorとドミニオンで遊んだ。楽しかった(日記)

 

夜から通っている総合格闘技のジムに行った。僕が所属しているジムは上の階が合同レッスン(?)用のフロアになっており、下の階は自主トレ用のフロアになっている。レッスンは19時からなのだが、ジムに着いたのは20時頃だったので下のフロアで自主トレをすることにした。

 

フロアには小学校低学年の兄弟と思しき二人が防具をつけてスパーリングをしていた。

スパーリングといってもリングは無いので、トレーニングタイマーを使って時間いっぱい殴り合うというものだ。

 

小学生同士とはいえ子供の喧嘩などではない。完璧ではないにしろガード行為は行っているし、僕に知識が無いので怪しいのだが柔術の投げ技も絡めていることから本格的に総合格闘技をやっているのだろう。素直に感心した。

 

ただ問題は、兄と弟の間に明確な実力差があることだ。年齢的なものよりも、経験・技術的な面で明確に弟が負けていた。ぶっちゃけ弟がボッコボコにやられていた。言動や行動から兄が手を抜いているのはわかったが、それでもなおワンサイドゲームだった。

 

その兄弟に何があったのかは知らないが、二人を見ている母親はかなり厳しく、弟を「練習不足だから一方的にやられるのだ」と叱っていた。事情を知らないため口を出すようなことはしなかったが、兄から一方的にボッコボコにやられた上で母親から叱られる弟は見ていてとても可哀想であった。

 

だが母親が弟に「一発も当てられていないじゃない」と言った時だった。兄が口を挟んだ。

 

「そんなことない。こいつも何発か俺に当ててるし」

 

兄が弟を庇ったのだ。兄は別にいじめるために弟をボッコボコにしていたわけではないのだ。スポーツだ。そうだ。格闘技とはスポーツなのだ。暴力ではないのだ。人間が己の肉体でもって戦う神聖かつ最もスポーツのイデアに踏み込んだ最高のスポーツなのだ。健全なる精神は健全なる肉体に宿る。

 

この兄は小学生でありながら公正で高潔で高貴なスポーツマンシップを持っていたのだ。ってか兄弟愛だ。僕は感動した。美しい。なんて美しいんだ。最高にクールだ。

心の内でこの圧倒的に健全なる感動に高ぶりながら、無関心な素振りでクールにその迸る熱きパトスをサンドバッグに打ち込んでいた。

 

それからブザーで二人のスパーリングは終わった。7ラウンドこなしていたらしい。小学生で7ラウンド。1ラウンド3分で20分以上も戦っていたのだ。子供の体力すげーな!

 

練習が終了し、二人が防具っていうかヘッドギアを外した。子供用のヘッドギアだけが安全面を考慮しそういうものなのかは知らないが、正直端から見ると顔は全くわからない。

 

弟がヘッドギアを外した姿を見て驚いた。なんと涙でくしゃくしゃになっていたのだ。

そりゃそうだ。当たり前だ。防具をつけていたとは言え、ほぼ一方的に攻撃を受け続け、その上に母親から厳しい言葉を浴びせられていたのだ。誰だって泣く。

 

だがこの弟は泣きながらも鳴き声を声に出さず、ひたすらに7ラウンド立ち続けたのだ。戦い続けたのだ。凄い。いや、本当に凄い。並大抵の根性ではこんなこと出来ない。僕だったら絶対に無理だ。3ラウンドくらいで座り込んで泣きじゃくっていただろう。

 

弟よ。君は強い。間違いなく強い。その根性は本当に立派だ。兄もそれをわかっていたのだ。わかった上で戦っていたのだ。なんだこの兄弟は。美しい。美しすぎる。感動した。もう本当に感動した。感動しすぎて二人をいますぐ抱きしめて全力でありとあらゆる要素を肯定してあげたかった。感動をありがとうと最大限の賞賛を送ってあげたかった。コンビニでそこそこ高いプリンとか勝ってあげたかった。フルボトルとか欲しかったら買ってあげたかった。

 

だが僕はクールは男。そんなことしたら翌日の朝刊の地方ニュース欄に小さく掲載されるもしもしポリスメン案件だ。ぐっと堪えた。遠くで眺めているだけでそれでいい。

こんな一時の感動で逮捕されるのはまずい。今日び小学生は防犯ブザーを慣らすだけでいとも簡単に大人の人生を終わらせられる。銃刀法が産んだ第二の凶器だ。

 

トレーニングを終え、シャワールームに行くと先程の兄弟が一緒にシャワーを浴びていた。

 

先にシャワー室から出てきた兄が僕を見て言った。

 

「いやーん!へんたーい!」

 

G A M E O V E R

非アルファがハイエナの餌にされるのがムカつく

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※ここに求められている反応は無い。大体別件だからね。

 

 

ブログがバズった。

前々から思っていたことをP仲間に話しても全然理解してもらえず、チラシの裏にでも書いてろって感じだったのでチラシの裏である日記を作り、自分のTwitterアカウントでしか書いたこと報告してなかったから身内しか見ないであろう(筈だった)この日記にひっそりと書いたら、予想外に賛同者がいて気付けば1日10万PVを超えていたり、ツイッタートレンド入り童貞を卒業したりした。

 

流石に多少はエゴサーチなるもをのしたのだが、まさに賛否両論で非常に面白い。

だが元々コンテンツへの問題提起をする目的で書いたわけではなく、メインは自分の決意表明みたいなものだったのでろくに推敲もしていない。

 

当然ながら粗など探せば重箱の隅をつつかずとも出て来るし、何よりあんな般若心経のようなクソ長い文章をキッチリ読めって方が無茶な話。ただでさえ宗教然としたジャンルの冒涜的な内容なので脊髄反射クソコメが来るのは当然だ。

便所の落書きを熟読するのは便所で腹痛に苦しんでいる時だけだし、今時利用規約QRコードのような文字の羅列をキッチリ読む人間などいるはずもない。お前は今まで食べたパンの枚数を覚えているか?案件だ。多分。

 

それらの反応については肯定的だろうが否定的だろうが感謝されようが揶揄されようがどうでもいい。考えを改める気も無いし、補足・訂正する気も無い。ここはインターネットだ。コメントを書くのは自由だし、反応するのも自由だ。

身内以外の意見は基本的にガン無視するのが正しいインターネットの使い方だと古事記にも書かれている。

どうやら先日野球選手あたりの人がネットに書かれた脅迫文?か何かに対して訴えて勝ったらしいし、変な輩が出たらそこらへんの手段を使って何かすればその経験が今後何かの役に立つだろう。

 

そう。そんな感じで反応するのはどうでもいい。

 

今回僕が言いたいことはそこではない。

 

や◯おんやらに◯ぽいやらのアフィブログのネタにされたのが!!!マジで!!!ムカつく!!!!!!!

 

あのネットの話題を糧にアフィリエイトで利益を得るハイエナ共の養分になったのが非常に腹が立つ。僕はお前らの金稼ぎのために文章を綴ったのではない。

 

ところで、実はネット上でバズったのはこれで二回目である。Twitter上でとあるネタツイートがウケて1万RTに届きそうになったことがある。

 

ネタツイートが数千RTされる。

 

ネタツイートが数千リツイートされるとどうなる?

 

知らんのか。

 

パクツイされる。

 

そもそもTwitterでネタツイートするような輩は多かれ少なかれ承認欲求に飢えている。

そんな人間が自分のネタツイートを勝手にパクられて腹が立たないわけがない。

貴重な星やRTを「爆笑ツイート集」やら「◯◯ちゃん」みたいな嘔吐物を飲み込んで糞にしたような下劣極まりないアカウントにさも自分が呟いたかのように発信されて星とRTを稼がれる(一部の人間しか経験しないから全然賛同を得られないやつ)。

 

本当に本当に最悪だったのは、そのツイートをよくわからんアニメキャラが発言したかのように改変されてbotに定期的に呟かれるようになったことだ(より一層経験者が減り、このムカつき具合をわかってくれる人が消滅するやつ)。

その日から僕はパクツイアカウント絶対に殺すマンになることを誓った。パクツイアカウントを一斉にブロックする系のシステムを作っている方達を僕は全力で支持する。頑張れ。超頑張れ。

 

で、今回の件に戻る。そんな感じで過去のパクツイの一件もあり、まとめブログの餌にされることだけは腹が立って仕方ないが良い知恵もなく悶々としていた。

 

「じゃあ事前に転載禁止とか書いておけばいいじゃん」

 

もっともな意見である。そうすれば、もしかしてもしかしたら、アフィブログの主に人間としての感情と良識が残っていたら防げたかもしれない。

 

でも考えてみて欲しい。

 

自分が次にする発言がパクられるなんて誰が予想しようか。

 

Twitterアカウントだってフォロワー300ちょいの弱小アカウント、パクツイされた当時なんて200に届いていたかも怪しい。

 

このブログなんて前日のPV数0だ。そりゃそうだ。あれが最初のエントリーだからだ。

 

そんな貧弱なアカウントが「無断転載禁止」なんて前置きをするはずもない。「ネットイキリオタク検定2級」の僕ですらそこまで烏滸がましいことはしない。

 

そうなのだ。よほどコンテンツとして力のあるアルファでない限り、そんな予防措置はとらないのだ。そりゃそうだ。

 

そしてふとしたきっかけで爆発的に広まった“一般人”の何気ない発言をハイエナは見逃さない。偶然が産んだコンテンツの芳醇な果実を我が物にし私腹を肥やす。

何故なら一般人は防衛措置を取っていないから。パソコンにファイアウォールを設定する一般人はいても、ボディーガードを雇う一般人などいないだろう。先手を打てなかった事を責めるのは酷だろう。

 

これこそ問題提起だ。いや、正直正義感だとか法律の穴への指摘だとか立派なもんじゃなく、「単純にムカつく」ってのが率直な感情だが、こんな感じで我々「非アルファ」がアフィブログやらなんやらの養分になることを「後手に回っても」なんとか出来る方法は無いものか。

ネタツイートだけじゃない。自慢の可愛いペットの動画を「激カワ動物bot」みたいなアカウントに無断転載されている人はかなり多いはずだ。

 

なんかそんな感じの法的知識がある方の情報お待ちしております。アフィブログ運営してるクソ野郎共から!!逆に!!金を!!巻き上げたい!!

Fire TV Stickを買った

 

あまり知っている人は少ないだろうが、任天堂の1つ前の家庭用ゲーム機「WiiU」には『スプラトゥーン』を遊ぶ以外にも機能がある。

WiiUを使ってAmazonプライムの動画をTVで見ることが出来るのだ。

 

これがなかなかに便利で、ノートPCでデュアルモニターを使用していない僕の環境でも、PCで作業しながらテレビで『仮面ライダー龍騎』を無限に垂れ流すことが出来る。

タチウオパーキングの高台で3Kスコープ同士で泥沼チャージャー合戦する以外にも楽しみ方を用意してくれる任天堂には頭が上がらない。

 

そしておよそ1年前、WiiUを手放してニンテンドーswitchに乗り換えた後、ニンテンドーswitchにアマプラを視聴する機能が無いことを知った。

まぁそのうち実装されるだろうとのんびり待ち惚けしていたのだが、switch版ドラクエ11並に一向に実装される気配がない。もう11のネタバレ記事読んでしまったんだがどうしよう。 f:id:Pumpkinsword:20180202001902j:plain

というわけで遂に痺れを切らして買ってしまったAmazonの「Fire TV Stick」(本来ならここでアフィリエイト的なリンクが貼られる)。

これで仮面ライダーインペラーが王蛇にデッキを破壊され雨の中死ぬシーンがまた見れる。

 

いや、そこはどうでもいい。『仮面ライダー龍騎』のゴロ―ちゃんと、『仮面ライダーカブト』のラスボスと、『仮面ライダー鎧武』のマスターと、『仮面ライダーアマゾンズ』の女を殴るマンが同一人物なのもここではどうでもいい。

 

なんとこのFire TV Stickには音声認識機能がついている。OKGoogleってやつだ。

そもそもOKGoogleも昼寝でアラームをセットする時以外に使用しないので今一ありがたみが薄かったのだが、この音声認識機能は動画検索で少ないボタンを駆使して文字を打つという手間を省いてくれるのだ。

 

ニンテンドーswitchの『スプラトゥーン2』で10キル2デスくらいの結果を出してTwitterにアップしてドヤった事がある人ならわかるだろうが、予測変換やフリック入力に慣れてしまった昨今、それらの機能が無いインターフェースで文字を打つのは非常に億劫だ。

今となっては文字を手書きするのも面倒で、毎週せっせと紙に「竜髑髏の山頂」やら「饗宴と飢餓の剣」を書いていた数年前の自分はマゾか何かだったのかという疑問すら浮かんでくる。

 

とにかく音声認識はすごい。ボタンを押して「仮面ライダー」と言うだけで動画へジャンプできる。未来だ。完全に未来に来ている。何故か「電源を切る」と言ってもよくわからない動画に飛んでいくだけで僕を解放してくれないのだがそこはまぁ軽い機械からの殺意だろう気にすることはない。スカイネットはまだ先の話だ。

こうやって自室をIT化させていくことで、あらゆる物事は便利になり生活は豊かになり何故か残業時間は増えていくのだ。ITソリューションだ。直感的インターフェースのニューデバイスをコミットしてアーティストのモーメントがドキドキの連続でイノベーションがダブルクリックだ。

 

何はともあれ音声認識という第三の腕を手に入れたのだ。これはもう完全に“出来る男”に近づいている。朝紙コップの周りに段ボールみたいなやつを巻いたコーヒー片手に出社して、玉を転がして操作するタイプのマウスをクールに使いこなす現代のビジネスマンになれる日もそう遠くはない。そのうちPCのメモリとか増設出来るようになるだろう。

 

さて、Fire TV Stickを使いこなしてスマートな夜をクールに過ごしたので、そろそろテレビと電気を消してスタイリッシュに寝ることにする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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真っ先にスマートにすべきところ“これ”じゃね?

アイマスから足を洗った

◯はじめに

アイドルマスター」というコンテンツから足を洗った。

 

もっと正確に表現すると、「周到な準備の下、段階を踏んでアイドルマスターというコンテンツから距離を置くことに成功した」ということになる。

 

引退と表現すると、完全に断ち切れたわけではないので「足を洗う」とここでは表現することにする。

 

アイマスは宗教だ。そして麻薬であり呪いだ。

 

年間数億の売上を叩き出し、オタクの世界を暴れまわるモンスターコンテンツの足の裏にはアイマスという名の宗教に傾倒した呪われし薬物依存者「プロデューサー」が蠢いている。

 

アイマスというコンテンツから距離を置くことができた記念と意思表示に、このエントリーを書いた。

 

 

◯僕はプロデューサーだった。

 

かつて僕はそんなプロデューサーと呼ばれる呪われし敬虔な薬物依存者だった。

自分が担当するアイドルへの愛を語り、ライブには可能な限り足を運び、ソーシャルゲームには何年もログインし続けた。

PS3のソフトを遊ぶためにテレビを買い替え、フィギュアを飾るために棚を買った。担当の誕生日には己の信心を誇示するがごとく何かしらの催し物を行った。

iPodに入れているアーティストの10%以上がアイマス関連になったときにはある種の達成感すら覚えた。

ガチャを回すために毎月数十万課金するようなことはしなかったが、それでもイベントや楽曲、ライブの円盤だけでもかなりの金額を使ったと思う。

 

そんな立派なプロデューサーの1人だった僕が違和感を覚えたのは「城ヶ崎美嘉」というキャラの一連の騒動だった。

 

 

アイマスに恐怖を感じた。

 

城ヶ崎美嘉はピンクの髪をしたカリスマギャルで、アイドルの中では珍しい姉妹アイドルのしっかりものの姉だ。

その城ヶ崎美嘉がアニメ「アイドルマスターシンデレラガールズ」で「赤城みりあ」という小学生に抱きしめられて泣くというシーンがあった。

元々僕が与り知らない所でそう思われていたのかどうかは知らないが、そのシーンから城ヶ崎美嘉には「幼女(特に赤城みりあ)が大好き」という二次創作の設定が付与された気がする。

個人的にはカリスマギャルという彼女のキャラクターにそういった良い意味での弱さが付与され、キャラクターがより深く掘り下げられたものと比較的好意的な認識をしていた。

 

ある日、事件は起こった。城ヶ崎美嘉の声優(名前忘れた)が、イベントだかSNS上だかで、その二次設定について「あまり良く思っていない」的な言及をしたのだ。

当然彼女は「そういうのをやめてほしい」という直接的表現ではなく、「個人的にはあまり好きではない」というやんわりとした表現を行った。

だが、その発言を行った途端、ネット上から「城ヶ崎美嘉=幼女好き」という設定のイラストは消滅し、過去にそういった趣旨の絵を描いたことを謝罪する絵師まで現れた。

 

声優の一言がキャラクターの二次創作上の設定を消滅させたのだ。

 

この一連の流れを端から見ていた僕は「狂ってる」と感じた。恐怖すら覚えた。

 

それがきっかけだった。僕の中にある俯瞰的な自分が力を持った。ライブで毎回最初に行われる協賛企業名を合唱する行為を訝しげに見ていた自分が力を持った。

今まで見えていなかった。気づかなかった。見て見ぬ振りをしていた。曲解していた。アイマスに対して妄信的だった自分を、「プロデューサー」と呼ばれる自分達を俯瞰して見れるようになってきた。

 

「こんな風にはなりたくない。離れなければ」

 

僕にアイマス撤退願望が芽生えた。

 

アイマスは宗教

 

この世界ではアイマスというコンテンツは神だ。

宗教の世界で、神に捧げ物を贈ることは美徳とされている。

神の下僕である教会や寺院に金を貢ぐことは美徳とされている。

アイマスは宗教なので課金は美徳である。

何万円課金したかを誇らしげに語り、1日1回60円で回せるガチャを「税金」と呼んでいる。

運営に何かしらの不手際があった際に「詫び課金」と言って課金を行う者もいた。その行為を咎めると彼等は異教徒を見るかのように石を投げた。

正直意味がわからなかった。まだ「雨が降ったから課金した」の方が運営側に落ち度が無い分理解できた(それでも意味不明だが)。

 

コンテンツにお金を落とすのは決して悪ではない。好きなものにお金を払うのは悪ではない。それは価値あるものに対価を払う経済的に正しい行いだ。これは商売だ。これは投資だ。

だが僕が持つ常識をもってして敬虔なプロデューサーの課金を見るに、それは投資の域を逸脱していた。完全に妄信的信者が教会に貢ぐそれだった。

 

話題が逸れたが、アイマスというコンテンツは神なのだ。

その神に声という重要な要素をもたらす声優はいわば神の使いだ。

そんな神の使い「声優」が発言をしようものなら、それは絶対的なものに他ならない。

 

声優が食事をSNSにアップすれば、それと同じものを食すのは非常に高尚な宗教的行為だろう。

声優がとある球団を支持すれば、その声優が担当するアイドルのPはその球団のファンになるだろう。

声優がライブの楽しみ方を指し示せばそれが絶対的なローカルルールとなるだろう。

声優が「カラスは白い」と言えばカラスをペンキで白く塗るプロデューサーが現れるだろう。

 

それほどにプロデューサーにとって神の使い「声優」の発言は絶対的なものなのだ。

きっとSNSで発言する声優には全員「そういった先導的な発言は極力控えるように」と事務所からきつく命令されているだろう。上の人間はその力を理解しているのだ。子羊を都合よく導く塩梅を把握しているのだ。

 

数年後、声優が政治家として名乗りを上げ、一定数の票を集めるのもおとぎ話では無い。

アイマスというコンテンツを絶対的な神とし、声優の発言を全て神託と捉え絶対的に肯定する。

アイマスは宗教なのだ。プロデューサーは声優が「死ね」と言えば死ねるのだ。声優が「松音を殺せ」と発言すれば僕の命を狙うものも現れるだろう。きっと。

 

盲信が人間性の健全なる指針となったケースは歴史的にも稀だ。

物事の価値観を声優に委ね、呆然とコンテンツに流されるなんてことは絶対にあってはならない。

 

 

アイマスは麻薬だ。

 

僕は熱心なプロデューサーであったが、1つだけ異端な点があった。

それは「声優にさほど興味を示さなかった」ことだ。

僕が娘のように愛していたのは二次元のアイドルである「萩原雪歩」であり、「伴田路子」であり、「赤城みりあ」であって、中の声優ではなかった。

浅倉杏美にも中村温姫にも黒沢ともよにもさして興味は無かった。

 

この声優に対する信仰心の無さが足を洗うきっかけになったのだが、一方で僕は重度のアイマスサウンド中毒者だったのだ。

 

僕は元バンドマンだ。幼少時より音楽を愛し、父親の持つ洋楽のCDを聴き漁り、SNSYouTubeがさほど発展していない頃からMTVのHPでアーティストのPVにかじり付き、少しでも興味があるアーティストのCDはとりあえず聴いた。おかげで人よりも音楽ジャンルにおいてはかなり広めの守備範囲を持っていると自覚している。

 

そんな僕がアイマスサウンドにどっぷり浸かってしまった。

僕がメインで聴いていたのは、本家アイドルマスターと、その流れをくむ妹分的存在の「アイドルマスターミリオンライブ」だった。

 

アイマスから提供される楽曲は、お世辞にも全ての楽曲のクオリティーが高いとは言えなかった。当たり前の話だが、音楽で飯を食ってるバンドやアーティストのサウンドには当然ながらありとあらゆる面で劣り、同じアイドルというジャンルのAKB48やその他3次元のアイドルサウンドと比べてもクオリティーは一歩退くものだった。

 

特にアイドルマスターミリオンライブの初期の曲ははっきりいってクソ曲のオンパレードだった。まだ成功するかわからない妹分コンテンツで、30人以上のアイドルのソロ曲を同時に作ったのだから予算は少ない。そのクオリティーはお察しである。

 

だが「30人以上のアイドルのソロ曲を一気に出した」コンテンツは恐らくアイドルマスターミリオンライブだけだ。それが僕の琴線に触れた。

一曲一曲のクオリティーは低くとも、個性豊かな30人のアイドルを表現した様々なジャンルをまんべんなく詰め込んだ低クオリティーなアルバムは無駄にジャンル的守備範囲が広い僕に“ウケ”た。

クソ曲の海から、僅かな良曲を探そうと深く潜ろうとしてしまったのだ。

 

元々765の楽曲は集めていたのだが、シンデレラガールズを含めた妹分の登場でアイマスサウンドは爆発的に増えた。その加速に着いていこうとしてしまったのだ。

アイマスのライブ界隈でまだ知名度の低いミリオンライブの楽曲を真っ先に把握し、一気にライブ会場のコールの圧が弱まる中で凛として覚えた歌詞を歌うことに快感を覚えてしまったのだ。

 

楽曲のクオリティーの低さという視聴続行基準を取っ払い、低クオリティーなアイマスサウンド無しにはいられない体になってしまったのだ。

薬を求めるように無限に排出されるアイマスサウンドのCDを求め、入手困難な限定品CDを手に入れるためにオークションを徘徊した。

気づけば一万曲をゆうに超えるiPodのライブラリーの15%以上はアイマスサウンドが占めていた。

 

アイマスサウンド以外の音楽も集めてはいたのだが、時間と金は有限だ。アイマスサウンド以外の音楽へのアンテナは弱まり、それがアイマスサウンドという麻薬から抜け出せないスパイラルを作り出していた。

 

 

アイマスは呪い。

 

城ヶ崎美嘉の騒動で、「このままではいけない」と自覚した僕だが、熱心な信者ではなくなったにしろ重度の薬物依存者であることには変わりなかった。

やめますと言ってすぐにやめられるようなら苦労はしない。

いくら声優を崇める信者を怪訝な表情で見送り、無限に生産されるCDの収集をやめれたとしても、まだソーシャルゲームのログイン習慣が残っていた。

 

ログインの習慣をやめるのなんて簡単と思いきや、これが実のところ難しい。

アイマスが麻薬と違う点、それは僕がアイマスを嫌っているわけではないということだ。

ソーシャルゲームの中で自分に甘えてくるアイドルを愛していたし、グリーのブラウザゲーから数えて実に3年近く毎日行っていたルーチンワークを苦痛と感じていなかったで、それを意識的にやめるのは至難の業だった。

ましてやSNS上でアイマスコンテンツを愛する他の人との関係を切るなんて論外だし、流れてくる可愛いイラストを避けるなんて土台無理であった。 

 

これは最早依存という類のものではなく、自分にとって習慣化されたある種の「呪い」だった。

 

 

アイマスをやめる準備をした。

 

アイマスをやめるにはどうすればいいか」を考えた。

アイマスに対する熱意が多少冷めようが、アイマスのライブはどんなジャンルのライブよりも楽しいと足を洗った今でも思っているし、アイマスのアイドル達は現実のアイドルと違い不祥事を絶対に起こさずみんな仲良しで天使のように可愛い。

朝起きてアイドルにおはようと言われ、プロデュースという仕事をするのは悪い気はしない。

基本的にゲームそのものには課金していなかったので爆死してショックで引退するということも起きない。

二次元のアイドルが好きなんて世間の心証は悪いに決まっているだろうが、今まで付き合ってきた彼女は軒並みそこらへんの趣味には寛容だったため、彼女のために引退しようということにもならない。

タイムラインに流れてくる二次創作はどれも愛らしく楽しいものばかりだ。嫌うことなど出来ない。 

 

現状について悪いと思いつつも、明確な一歩を踏み出せないまま時間だけが経過していた。

 

転機が訪れたのは、GREEの「アイドルマスターミリオンライブ」サービス終了(正確にはコンテンツ更新終了)のニュースだった。

同僚のプロデューサーの愚痴や阿鼻叫喚が垂れ流される中、「今しか無い」と覚悟を決めた。完全に断つことは不可能にしろ、周到に段階を踏めば可能な限り距離を置くことは出来るはずだ。

 

スケジュールを作った。

 

まずサービスが終了する「アイドルマスターミリオンライブ」のログインをやめた。

これは上手く行った。習慣とはいえログインし続けることに意味が無くなったからだ。

 

次にSNSのアイコンを変えた。端から見ると大した事ないが、僕は少なくとも8年以上愛する萩原雪歩のアイコンを貫いてきたので、それをアイマス以外に変えるという事は自分の中では相当強い覚悟だった。簡単に揺らがないように、数時間かけてPhotoshopをいじくって正月にアイコンを変えられるよう準備した。

 

次に年明けに行われる765の初代メンバーが行うライブイベントへの不参加を決めた。

これが一番つらかった。本当に行きたかった。今でも最高と信じているアイマスのライブの中で、一番大好きな初代メンバーのライブだ。正直歳がアレなので、次があるかわからない。ライブビューイングでもいいので参加する気満々で、当日使うためのサイリウムウルトラオレンジ」を何ヶ月も前から準備していた。

正直誰かに誘われたら心が揺らいでいたが、幸か不幸か誰からも誘われなかったのでクローズの流れに持っていくことが出来た。

※誰か自宅にあるウルトラオレンジを引き取って欲しい。

 

ライブへの不参加を決めた後は音楽を聴く習慣を減らした。

音楽そのものを聴かなくなるのは良くないので一時的なものだが、音楽を聴く代わりにWEBラジオをiPodに取り込んで聴くようにした。これは前々から考えていたものを本格的に実行に移したものだ。

 

クローズの流れに乗ってきたところで最後の砦、「アイドルマスターミリオンライブシアターデイズ」通称ミリシタのルーチンワークを断った。

これは最早勢いだった。朝無意識にログインしようとする手を気合で止めた。イベントへの参加を気合でブッチした。デイリーミッションを気合で無視した。

 

ミリシタへのログインの誘惑を経って約2週間が経過し、ようやくデイリーミッションを行わないことに対する罪悪感も薄れてきた。

 

そうして僕はアイマスから足を洗うことに成功した。

 

アイマスから足を洗う覚悟を決めて3ヶ月。好きなものから距離を置くがこんなにも難しいものだとは思わなかった。

 仮にアイマスのソシャゲに数十万課金していたらこの時にどんな虚無感が襲い掛かってくるのか、考えるだけで恐ろしいが。その点に関しては結果オーライだ。

 

ちなみに今でも僕はアイドルマスターというコンテンツを愛しているし、やめるきっかけとなった一部の信者の行動には疑問を感じながらも、愛をもってコンテンツに触れている人達にはこれからも楽しんで欲しいと思っている。あくまでこれは僕が「このままではいけない」と判断し、実行に移したまでの話だ。

 

もし、ふとしたきっかけでアイマスから足を洗おうとして、それでも抜け出せないのなら、僕の行動を思い出してみてはいかがだろうか。

完全に断つことは無理にしろ、俯瞰的に考えて距離を置くことで少なくとも信者からファン程度にランクを下げることは出来るはずだ。 

 

 

 

 

 

 

まぁ本棚にはまだ雪歩のフィギュアがあるんだけどな!!!!

 

どうしよ・・・